カテゴリー「心と体」の記事

たんこぶが痛い

さ い あ く です。

今日はついてない。
(´Д⊂グスン


出掛けた先では
車を降りる瞬間に
雷 突風 大雨


家に帰って車庫入れしようとしたときに
ガリガリガリガリガリーーーーー
ハンドルを握る手にもその振動が…
モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

愛車を擦り 
かなり凹みました。

「チ、チクショー、なんで車がいるんだよ」
いつもは車などほとんど通らない
路地に車が入ってきて
焦っていました。

あぁあ、雪が降るこの地域は
道路に塩カリを撒くので
早く塗装を塗りなおさないと錆びてしまいます。
(´・ω・`)ショボーン

はぁ、、、

ついてないなぁ。


「起こってしまったことは仕方ない」と
寛大に言ってくれる夫と
夫の作ってくれた夕飯で
何となく忘れていた時



冷蔵庫を開けたら
マスタードの瓶が落ちてきて
蓋が開いて中身がこぼれ
それを片付けようとしゃがみ込んで
立ち上がった途端
開いたままだった冷蔵庫の扉に
右頭頂部を強打!
(# ゚Д゚) ムッカー

床にこぼれたマスタードを見つめながら
悲鳴をあげました。
しばらく身動きが取れず
情けなくなりました。
(つд⊂)エーン

心配して駆け寄って来てくれた子供たちに
手伝ってもらって
マスタードを拭き取り
ヒリヒリクラクラする頭を何とか持ち上げました。

「今日は仏滅か?」
普段気にしない事ですら
頭に浮かびます。


気をつけないと。

きっと何かのサインだと思います。

意識が散漫なんでしょうね。

体調は何ともないけど
強いて言えばここのところイライラしていたかも。
考えていることも色々あったし…

明日は出勤。
運転中は十分気をつけないと。

今日は早く寝て
明日にはバッチリ切り替えて置きたいと思います。

みなさん、私の周りにいるときは
要注意です。
よろしくお願いしますね。






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仮病なのか不定愁訴なのか

いよいよ9月ですね。

週末に知人に依頼して実家の母にだだちゃ豆を送ってから
電話で話をしていないなぁと思い
電話をかけた昼間のこと

子供たちの通う小学校から電話が掛かってきた

慌てて母との電話を切り
電話に出ると
上の子の担任の先生から
「午前中から調子が良くないようで
今保健の先生から微熱があるようだと聞かされたものですから」と
迎えにくるように促される。

今朝方
「風邪ひいたっぽい」
そう言ってはいたものの
顔を見る限り至って変わらないし
最近の疲れと昨日今日の急激な気温の低下が
原因だということは分かっていたので
登校させたのだった。



学校の保健室へいくと
養護の先生が状況を説明して下さる。


まだこの学校は新型インフルエンザのアウトブレークには
見舞われていないが
中学にいる兄弟で確認されているケースや
何人か体調不良で早退などしていることもあり
念のためと言うことであった。

高熱にならないケースもあるとのことで
37度5分ほどの娘は
思ったほど状態は悪くなかった(と言うか最初から疑っていたのだが)

本来子供は新陳代謝が活発で
午後にかけて体温といついうモノは上がるのが当然。
平熱から1度未満の上昇であれば
多分本人たちも気にならない程度だし
身体が熱を産生していると言うことは
その必要性があるから上がっているわけで
むやみやたらに上昇したり下降したりするものではない。

学校という団体生活の中で
巷の新型インフルエンザの流行をうけて
用心しなければならないことは
良く分かる。

子供たちが少しの痛みや不調で
保健室をしょっちゅう利用するのだから
気が気ではないだろう。

クラスに戻りたくない理由
反抗したい理由
頭が痛い理由
精神的な所から身体的な不調につながるのは
想像に難しいことではない。




なんとこの日は下の子も頭が痛いと
午前中に何度か保健室を訪れていたらしく
迎えに行った五時間目はプールに入らない
(こんなに寒い日にみんなはいるんです!)
と言っていたので
先生も気を遣って
下の子も一緒に帰りなさいと声をかけて
準備をしてくださっていました。


明日以降の登校の判断などの基準を確認して
お礼を言って帰ってきました。


校門を出るまではニコやかに
校門を出たら睨みを効かせ
「あんたたち!
調子が悪いなら家に帰ったらきちんと寝なさいよ!」


家に着き素直に部屋に入って行った二人
もしやと思い覗いてみると


DSをやってるじゃないかぁぁぁ!!


パッコーッン
(頭を叩く音)



っっっっっったく!
知ってたんだ。こうなることを。



でも先生や学校の立場を考えれば
引き取らない訳にはいかない。


「いい加減にしなさいよ!」
そう捨て台詞を言って部屋を後にし
いかにも先生に電話をしているかの様に
大きく部屋の中の子狸達に聞こえるように
「明日は病院へ連れて行って注射をしてもらうことにします。
その方が早く治ると思うので注射したら登校させます!」


絶対に聞こえているはず。




情けないのだが
いくら私が注意しても仕付けと思って忠告しても
「やだ」が当たり前の返事で
全く思ったように育たない子狸たち。
別の存在を利用しなければ思った効果は得られない。



注射
病院
先生
学校

良くないとは分かっているのだが
あらゆる存在を駆使して
『怠け病なんぞワシは許さん!』とアピールしつつ
「寝ないのなら勉強するか学校に戻ってきなさいっ!」

もう一度全員で体温チェック
上の子 36度6分
下の子 37度2分
私    36度6分


もんだいなーし。

熱の上がらないインフルエンザもあるというが
今日の二人を見ていると
だるそうな様子はなく食欲もあり
いつもと変わりない。

病院で働いてなくても看護師の勘は鈍ってないぞ。
侮るなよ子狸たち!


疲れを一掃させるためにも
無理やり寝かせて
憂さ晴らしにブログに吠えている私でした。







はぁ…。
ったく最近の子供は…
親の顔が見たい…(自爆)


親業とか習いにいかないとダメかなぁ。
実は帰宅してから二人にはNUXーVOMICAを舌下させているのだけれど
どちらかというと
これって自分に対する処方だったりする。
これと発熱の具合とどれだけ関係があったか分からないけれど
今のところ落ち着いている。



私も念のため早く寝よっ。

でも
根本的な所がまだ手つかず…だなぁ…。

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イチロー選手と胃潰瘍

イチローが胃潰瘍

納得です。



WBCで一挙手一投足注目されていたイチロー選手。
彼のストレスは普通の人では
想像できないほどのものだったに違いありません。



プロの中のプロであるが所以は
彼のパフォーマンスに出ていますが

今回の胃潰瘍報道、
その彼をプレッシャーから
守っていた自身の免疫システムにも
限界があったということを物語っています。


めまいや倦怠感なども
自律神経失調の典型的な症状ですね。

彼はONとOFFを上手に使い分ける人だとおもいます。
だからこそ
ここまで結果を出し続けることが出来るのでしょう。

しかし今回のWBCの彼の様子は
ベースボールファンではない私が
見ていても辛いものがありました。




自分自身のパフォーマンス
試合の結果
移動による時空間のストレス
ストレッサーばかりです。

交感神経が常に過剰の状態は
食欲も落としたでしょうし
不眠にもしたでしょう。
表情にも険しさが現れていましたね。

空元気と言うか
きっと疲労も感じないほどに興奮し
練習しまくり
回りに声を掛けていたのではないでしょうか?

交感神経の過剰の状態を
無意識に抑え込むように
過食になっていたかもしれません。
(食欲からではなく)



単独で戦う通常の大リーグでの試合との違いは
責任の重さだったに違いありません。
あれだけの人物はマスコミに
どう取り上げられるかはあまり気にしないと思いますが
日本という国や球界を背負った責任というものは
彼を追い詰めていったに違いありません。

一匹狼的な彼が
なぜそこまで日本軍に掛けるのか
そうさせる大和魂とは何なのか
それは日本固有の良さであるとは思いますが
ある意味大戦下の日本軍の典型を見ているようでした。

(あの結束感が外国人選手には理解できず
恐れとして威圧感を与えることになったらしいですね。
天晴れ『氣』の凄さ!)

ともあれ、
常に興奮状態でリラックス出来る状態には
ならなかったと考えられます。
断続的で強烈な交感神経の過剰な状態は
血液中の顆粒球(と言う白血球の一種)を
過剰に増加させ
粘膜を攻撃させたと考えられます。

ストレス=胃潰瘍

そんな方程式
良く聞きませんか?
口内炎なども多い症状ですね。


試合が終わりホッとした時に
その症状が現れたと言う事でしょう。
(もしかしたら会期中は
痛みに気づいていなかったのかもしれません)

精密検査を受けているとのことですが
症状として起こっている現象に対して
診断としては出せるかもしれませんが
(現代西洋医学の限界である)
対処療法でしかありませんから
今回のイチロー選手への劇的な治療効果をあげる方法は
みつからないでしょう。

一番の治療はリラックスすることです。


まずは(滋養目的の)食養生と呼吸法(普段もされているとか)
それに
足湯に間脳調整法をお勧めします。

超一流の選手ですから
普段から健康管理には十分気を配られ
徹底されていると伺っています。
今回のコトでも
超一流のセラピーが受けられると思います。



まずはゆっくり休養をされて
また元気に復活してもいただきたいと思います。


PS:私がイチロー選手が好きな理由は
馬鹿げた質問をするインタビューアーに
呆れた顔で質問し返すあの辛辣な切り返しがあるから
です。

日本人のインタビューアーって
ほんと、事前の調査も出きれていなければ
マナーもない人が多すぎて
見ている私たちが呆れる内容を
ヘラヘラ聞きすぎます。

視聴者が何を聞きたがっているのかも大切ですが
インタビューをされる側のコトを優先して
考えてあげるのが最低限のマナーだと思います。
せめて
日本人のインタビューアーくらい
彼のコトを察して接してあげて欲しい…


脱線しました。



イチロー選手

お疲れさまでした。

ゆっくり休んで元気に活躍してください。

 

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強行デトックス

なんだか
体の大掃除が必要だったみたいです。

なんと、インフルエンザに罹りました。


実はこの前のブログで
夜中の病院に付き添ったと書いた子も
検査の結果インフルエンザでした。

ダルさを感じ始めたのが火曜日の夜
多分寝不足のせいだろうと思い意外と早めに就寝

水曜の昼間はいつも通りになっていたものの
夕方からまたダルさと寒気が来ていました。

ここ数週間特に忙しく
心身共にストレスを抱えていたことは確かですが
これだけ長い間発熱をしなければならないほどとは。
(きつかったぁ)

どれだけ体に毒を溜め込んでいたのかと思うと
自分の不摂生に呆れてしまいました。


2日間の発熱の間に
たくさんの汗を流し
食事を取らずに
いわる半断食に近い状態でDetoxです
強行ですな(苦笑)

今回の一連の排泄は
もちろんウィールスの排除もありますが
尿や便、呼吸では排泄しきれない
汗による重金属系の排泄も必要だったのかもしれません。
(普段汗をかかないタイプなので)


初日は頭痛がひどくて
物事を考えられない状態
トイレにも行かないで寝たきりです。

病気になると妙に心細くなります。
引越し族の我が家は身内が近くにいることは
まずありません。

いざというときに
便りにできる人がいないと言うのも
寂しいものです。


でも良く考えれば
親身になってくれる友人や同僚もいてくれたりして
その人達からの優しい言葉で
気持ちが救われるのも本当にありがたいコトです。


朦朧としつつも
友人に連絡をとり
骨折してあまり自由の効かない夫と
子供たちの食事などの買い物の手伝いを頼み
2日目を乗りきりました。

友人のお母様が
「夕飯に」と作って下さったものには
ニンジンと玄米のポタージュ
菜の花ジェラートなど
デトックスにピッタリの季節のお料理が。

こんな時は余計に涙もろくなるもので
お母さんの優しさにポロッと来てしまいました。

少し座っていられるようになったので
足湯をして体を温め
着替えをすませてスッキリしました。

そんなこんなで明日も明後日も早朝からやらなければならないことが
つまっております。
学校、子供会、仕事諸々
何だかんだ文句を言いつつも任務を受け追わされる自分
ほんと、ギリギリです。

ブログを更新するほど元気になってきたわけですが
ついつい頼まれ事を抱え込んでしまうので
キャパオーバー気味の自分と決別しないとと
新年度を迎え
「'No'と言えるH21年度」にしたいと思うわけです。
(より親切にすることで受難してしまう我が家の共通の目標です)

なんだかネガティブな所信表明みたいになりましたが
綺麗になったカラダとココロで新年度も頑張って参りますので
どうぞよろしくお願いします!

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いつまでも脆いなぁ

 

ヘトヘトで
クタクタで

前頭葉(辺り)が重く痛む 

思考が止まっていて
考えなくちゃならないことが
まとまらない

何を考えているのかすら
忘れて
悩んで苛立つ   



今日はもう限界だと思った



もちろん、血糖値が下がっているのも
影響しているのはわかる
(朝食はヨーグルト&ブルーアガペ、
お昼抜きの夕飯の時間・・・)


ココロを許している人の声を聞いたら
崩れてしまう
決してオーバーでなく
そう思っていた


タイミングよく
久しぶりに来た友人達が
私の憔悴振りを心配して
子ども達を夕飯に連れ出してくれた
(子ども達を相手してくれる大人がいるだけで
すごく助かる
子供相手はパワーがいるから・・・)

ホッ

自分ひとりのためなら
夕飯なんて何でも良い


まだ頭の中は
仕事のことと
仕事と自分の生活をどう折り合わせていくのか
改善点は何なのか
何をどう伝えたら上司に伝わるのか
そんな事を考えて
とりあえず
適当な物を鍋に放り込み
台所を片付けながら
立ったまま夕飯を流し込んだ


お腹が満たされて
少し落ち着くと
母から届いた小包と
しのばせてあった手紙に目が行った


大した事が書いてあるわけではないのに
涙が溢れ出して
止まらなくなった


泣いている自分に気が付くと
現実に戻る


でも涙を前より流す前より
確実に楽になっていた

その頃友人達が
子ども達を送って帰ってきてくれた
玄関で挨拶をして別れる

子供たちも満足していて機嫌が良い
(これが疲れた私には何より)


間もなく母から電話があった
小包が届いたかと言う確認と
夫の様子を聞くために

長く話すとまた泣き出しそうだったので
短くお礼を言って電話を切った


その後は
あえて仕事の続きは考えないようにした


すると
不思議なくらい楽になった
(この切り替えが私の課題なのよ
昔からね
いつも限界のところまで来ないと出来ない・・・)




そして夫も
少しだけ昨日より動ける範囲が
広がったようだった

Skypeで義両親も夫の様子を確認してきた
(カメラがあるので
七転八倒しているところがタイムリーに見える)


夫の様子を母から聞いたのか
数ヶ月ぶりに妹が電話をくれた

話し出すと
延々と自分の今の状況を説明している自分に気づく
一方的に話している自分を客観的にみつめつつ
とにかく誰かに
聞いて欲しかった

フルタイムで三交代の看護師をして
子だくさんの妹だって
疲れているに決まっているし
愚痴りたい事は山ほどあるはず

でも今回は聞き役に回ってくれた
感謝感謝
ありがとう


正月、
今回は帰省しない
(明日まで仕事だし
そんなココロの余裕も
運転の技術もない)

もしかしたら
妹家族がスキーをする為に
遊びに来るかもしれないと言う
(いつも突然予定が変る
気まぐれで我が侭な義弟のせいなのだが)



本当は読みこなさなければならない
英語の資料があるのだが
今夜はやらない
(明日やります)


もう自分を守るためには
その方法しか思い浮かばない


さぁ、寝よう

そう思って洗面台に立つと
パンダのように目の周りが黒くなった自分に出会う


「・・・」




こんな顔で
友人、義両親
そして家族と話していたなんて・・・


誰も私に言えないなんて
よほどの状態だったのだろうと
反省




みんな気を使ってくれて
ありがとう  。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。


このままじゃいけない事はよく分かる

何とかするよ

家事も子育ても習い事の送迎も
地域とのお付き合いも
自分のセラピーの仕事も
友達との付き合いも
(そして今は介護も)
誰も代わってくれるものではないのだから


正月休み明けの仕事のことを思うと
ただただ憂鬱になるばかりだけど
とりあえず今年の仕事は明日で最後(のはず)



はやく年賀状書かなくちゃ ( ̄Д ̄;;





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今だからこそ瞑想

目の回るような忙しさの中
月曜日の夜
スケジュールをやりくりして
心のヨーガ(2008年の最終回)
に参加してきました



秋から始めたこのクラス
悩みが多かったこの時期に
随分と助けられ
癒されたヨーガです





ここでは
身体を動かすのが目的なのではなく
瞑想をきちんとする為に
身体を解して行きます



最近は自宅で自分で
ヨーガをしていないからか
その夜は
身体を動かしている時に
脚に痛みが走り
瞑想の時にきちんと座れませんでした





単に身体が温まるまで時間を要したのか
無理をしたのか
よく分かりませんが



短い時間でも
毎日必ずヨーガ(呼吸法と瞑想)をする事の
大切さをまた実感させられました






ちょうどそんな時
我がセラピスト協会から
メールが配信されてきました



「観念は生物なり、必ず肉を支配する」


これは我が協会の創始者である
故寒河江徹先生の言葉です



必ず良いイメージを持ち
それが具体化するように想う事です



良いイメージを
インプットするには
いくつかの行いと
朝の瞑想と夜の瞑想が効果的だと言います

以下抜粋

朝起きてすぐに目を閉じ、呼吸を整えながら瞑想を行います。
「今日一日を生き生きと前向きに
一つひとつに集中して楽しく過ごしている自分をイメージします」
家族とのかかわり、仕事でのかかわり、
友達とのかかわりなど具体的
に強烈に目の前に映像が現れてくるように
毎日繰り返してみてください。
1ヶ月後、2ヶ月後、3ヶ月後、
変わっている自分を発見することでしょう。

夜の瞑想は目を閉じて呼吸を整え、
今日1日を映像を早送りするように振り返ります。
そして「素晴らしい1日を終えることができた。
これは自分を取り巻く家族や友人、皆さんのおかげ」と
感謝の想いを強くイメージして床につきます。

以上



今のヨーガの先生も
毎晩必ず寝る前に
瞑想する事を勧めます



忙しくて
疲れ果てていて
瞑想もヨーガも出来ない今の自分を思うと
あえて瞑想の時間を持たないとなりません


確かに夏にきちんと継続していた時は
ココロもカラダも調子が良かった…



忙しいからこそ呼吸法と瞑想




それはすべて自分の為だから
そしてまわりのみなさんの為だから



まずは
朝やっとこさ起きるのではなく
すっきり目覚めて
瞑想が出来るように
今からさっそく眠りたいと思います



おやすみなさいsleepy


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骨格の歪み

先日からだの歪みが
内臓の位置まで変えてしまうことで
機能が低下にも影響すると書きましたが

私の知っている方にも
先天的な骨格異常のために身体が歪んでいる方がいます

ある時
その方の受診の際に同席させていただき
先生とその方のお話の際に
身体の左右差と歪みが
内臓に影響するのかと伺ったところ
「この程度の歪みでは
内臓には影響ありません」
と言っていました

先日のブログで驚かれた方もいらっしゃると思いますが
かなり極端に骨格の変形がない限り
直接的な内臓への圧迫などは
あまりないと考えていでしょう

ただその知人の例で言いますと、
からだの歪みから

筋肉のコリ
リンパのつまり、頭痛
身体の冷え、便秘
脚・足の痛みなど

全身に及ぶ不快な症状が出ていることは
確かです

 

人は身体に痛みがある時
イライラしたり
落ち込んだりと
痛みと言うからだのストレス以外に
精神的にもストレスを感じます

痛みが酷いと
鎮痛剤を飲みます

痛み止めが効くと
痛みは消えたように
錯覚を起こしていますが
痛みの原因は存在しています

痛みを感じなくなった事で
その患部を動かしてしまったり
休養を取らずに活動してしまったりします

痛みは
身体からの静養サインだったり
注意信号だったりしますから
そのまま身体や内臓を使い続けるのは
お分かりの通り
よくないわけですね

 

痛み止めのもう一つの
消炎鎮痛効果により
体温を下げ
免疫力を下げたり
腸内の酵素の働きを鈍らせます

 

この知人も
長い間痛み止めを常用していました
代謝が悪く体重が今よりも10キロほど
重かったそうです
体重の身体への負担を考えると
減量は必須

痛み止めを止めて
痛みを我慢しながら
食生活を見直し
足湯をしたり
足揉み
それからおばあさんが愛用していた
生薬の湿布など
あれこれチャレンジしながら
減量に成功し
維持しています


痛み止めを使うなと言うわけではないのですが
乱用・長期使用するのは
身体にとって良くないと言う事です

痛い時は痛み止めを工夫して使ってみて下さい

我慢だって限度がありますからね

 

そしてストレッチや体操、
温熱、食べ物などを利用して
血流を改善して対処するといいですね

そして大切なのは
姿勢や行動の偏りを意識して
どこか(どちらか)を極端に使用しないように
心がける事です

筋肉をバランスよく鍛える事が
姿勢を保ち
骨格を整ええる方法でもありますので
筋トレもあわせると効果的です


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良くも悪くも循環

カラダの歪みは
内臓の働きにも影響しています

つぼや経絡、反射区療法などのリフレクソロジーで
内臓を直接刺激して活性化させたり
沈静化させたりしても
その内臓を保護している入れ物(体幹=からだ)が
歪んでいると
それも一時的な対処にしかなりません

つぼ・経絡・リフレを否定しているのではありません
(私の仕事ですから)
ただ、それだけでは根本的な解決にはならない
と言うことです

いくら新しいソフトを買ってPCにインストールしようとしても
PC自体が壊れていたり
古かったりすれば
ソフトは使えません

いくら良い治療、代替療法、食事療法などをしても
本人が日頃から努力して(身体とココロを柔軟にして)いなければ
効果が出にくいのです




立っている時
座っている時
歩いている時
(意識は出来ないけど)寝ている時

良い姿勢でいるためには
その形を脳と身体が覚えこむしかありません
そしてそれを維持させるには
意識と同時に筋力が必要です


日常生活をフツーに過ごしてる私たちには
ピンと来ないかもしれませんが
重力に対抗して姿勢を維持している事は
とても大変な事です

例えば病気やケガでベッドに寝ているとします
横になっているだけで
(身体も心臓も)楽になるので
1週間もごろごろしていると
起き上がる時に起立性の低血圧症状である
めまい、頭痛、ふらつきなどが出てきます

特定の場所の筋肉を動かせないとしたら
その筋肉はあっという間に落ちて
見るからに依然と違う形になっていることでしょう


立つ・歩く・座る
それらには筋肉と筋力が必要で
その両方がバランスよく保たれないと
骨格をきちんと支える事が出来ないのです



胃下垂
なんて良く聞きますけど
内臓下垂はインナーマッスルの筋力の低下が関係してきます

本来あるべきところに
内臓がない
つまり押し蔵饅頭状態になっている

胃はぽっこり外に出っ張り
腸は押し付けられ
さらに
骨盤の中はギューギュー詰めです

押しつぶされた内臓は
当然働きが悪くなります

腸の調子が悪ければ
肌の調子にも影響します

つまり
エステに通っても
高価な化粧品を塗っても
効果は出にくいって事です


肩の凝りから頭痛なども起こりますね
肩の凝りも腕の置き方
カバンや荷物の持ち方
もちろん姿勢にも
影響されています

そして気持ちや行動は
姿勢と呼吸に現れます

落ち込んでいる時
緊張している時
寒くて縮こまっている時
呼吸は浅く小さくなり
猫背になりますね

そう言う環境・状況が長引くと
内臓にも影響していきます

相互作用で悪循環



普段楽にしてるとつい姿勢を崩してしまいます
脚を開く
背中が丸まる
肩が内側へ入る
座っているときは
骨盤が後ろに傾いて腰が丸くなる


(TVカメラでも向けられていると)意識してみて
それらを正しいポジションにし続けていくと
最初は直ぐに疲れてしまうのが
徐々に長く維持して行けるようになってきます

ここに専門的な筋トレやエクササイズが入ると
効率良くなりますね

腹式呼吸も
意識を集中するのには役立ちます


まずはお金のかからない
姿勢と意識で治してみる事に
チャレンジしてみたらいかがでしょう

明るく自信に満ちて
前向きだと
姿勢もよくなり呼吸も深くなり
ホルモンもきちんと働き
内臓の動きが良くなります


意外に
気持ちの持ち方や呼吸の仕方が先に
そして
身体の変化が続いて出てくると思います

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重い雰囲気から

試験官と会場の雰囲気は
予想以上に影響します

先日娘が英検を受けに行きました
年齢的にも小さい方ですし
会場の雰囲気も暗く
試験官もピリピリしていました

「あんな所じゃ
みんな緊張するし萎縮しちゃうよなぁ。
分かる問題も分かんなくなりそうだ」

それが私の本音でした
(久しぶりにあんな会場に行ったけど
昔もそうだったんだなぁ。きっと)

学校の試験、
高校受験、大学受験、検定受験
あれこれありますが
本来なら落とす為の試験ではないはず
出来る事と出来ない事を確認し
その知識や技術を認めて不足を補ってあげるもの

でも、ごく自然に
何事も
厳しく辛い試練を乗り切って
緊張に勝った者だけが勝者でなくてはならない
そんな風になっていませんか?

その場で自分の持っている力を
十二分に発揮させるには
(もちろん、メンタルトレーニングもありですが)
その場の雰囲気作りも大切ではないでしょうか?

幸いな事に
娘はケロッとして試験を済ませてきたようですが
親としては
こんな環境で勉強したり
試験を受けたりしているのかと思うと
気の毒でなりません

その一方で
学校の先生はもっとも遣り甲斐を感じている職業に就きながら
オーバーワークが原因で
鬱、ストレスを抱えている職業でもあると言われています

なんでルールでがんじがなめにしないとならないのか
そんな体制は(先生自身と子供たちのために)変わるべきなのではないか
そう思えてなりません

人間は年代に関係なく
楽しい(出来る)と思ったら放っておいても勝手に取り組むし
出来る事が認められたらどんどん上達していきます
出来ない所に集中して
「出来ない」と言う意識を植え付けるより
出来ない所は出来る所を伸ばして
自信を付けさせてから取り組めば
修正、改善は早いはず
(私だったらそうして欲しい)

日本の教育に携わり
その違いについて外国人の先生と
話す事もあるけれど
〈スポーツも出来て勉強も出来ないといけない〉
日本の生徒は大変そうだと言う
スポーツか勉強「どちらか」では駄目で
両方駄目な生徒には救いの手がない(ように見える)
誰にでも得意な事、好きな事があるのだから
それを選んで、伸ばしていけるシステムを取れないのか
そんな話になった

【ピッチャーで4番バッター、おまけにキャプテン】のような
スーパーStudentを一人作るより
何かに秀でているStudentsをたくさん持つ事の方が
確率的には成功率は高く
それぞれの自己満足の多い空間は
社会への貢献度も高くなる(よね、きっと)

部活にクラブに、学校に塾に
子供たちはあんな窮屈な規則と
呪いの様な大人の重い思いの空間の中で
一日のほとんどを過ごしているのかと思うと
気の毒で仕方ない
(せめてお家では自由にさせてあげよう!
って出来てんのか自分!?)

先生が
もっと寛容に寛大に
子供たちと接する事ができるなら
小さな事に気づいて褒めてあげられたら
子供たちのパフォーマンスも抜群によくなるに違いない
(ちやほやして
我が侭させ放題とは違いますよ)

仕事の量を減らし
心身ともにストレスマネージメントをして
先生が健康になってくれると
子供も、親も、社会も嬉しい

子供が未来を背負っているわけで
教育とは
子供が伸びて何ぼの世界
子供を伸ばす為の世界
出来ない所から
自身を喪失させる事が目的ではない世界

変わり時、日本の教育
考え時、日本の育児

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脱皮なるか

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。゜。°。°。°。°。°

育児について、仕事について
人生についてアドバイスをいただきます。

このブログを書けなかった時期にはいつにも増して
何人かの先輩方にお会いしてお話しをしたり
いただいたメールを読み返してみたり
いくつかの本を紹介いただき

読んでは想い

読んでは感じ

共感したり

否定してみたり(往生際が悪いなぁ)

 

良い人、良い本、良い景色

色んなものに助けられ
これまでもマイナーチェンジを繰り返しておりますが
今回は少々どころではなく
結構深いところからの改革が始まりそうな(始めなくてはならない)
そのような時期に来ているようで
「産みの苦しみ」を味わっているような日もあります。

すべては自分のココロの持ち様。

只今、我がココロの実態を掴むべく
自分なりにあれこれ試しております。

ちょっと後戻りしているような姿勢に見えるかもしれませんが
皆様に育てていただきつつ
必ず皆様に応えて行けるように成長しますので
これからもどうぞよろしくお願いします。

脱皮して
ココロ穏やかに前向きに
みなさんのお役に立てるようになりますように。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。゜。°。°。°。°。°。

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人知れず続ける事

友人の所に東京から来客があった先週

久しぶりに羽黒山へ出向いた

蒸し暑い日だったけれど
高い杉の間からシャワーのように
霧雨が降ってきて
空気もひんやりする五重塔までの道のり

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70代だろうか?もしかしたらもっと上かもしれない
背中に籠を背負った女性が
門の中の像に丁寧にお辞儀をして
階段を降りて行く
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階段を先に降りていったはずのこの女性が
私たちと同じ場所に来た時
彼女は普通の観光客が行かないような所から
降りて来たところでした
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お話しを伺うと
毎日お堂や像に手向けてある榊を交換しに来ていると言う。

杖を付き
暑い日も寒い日も

若い私たちが息を切らすような細くゴツゴツした階段を
毎日登り降り
誰かの評価を受ける事もなく黙々と。

なかなか出来る事ではないと思いました。

足腰の強さは精神力の強さにも繋がっているのでしょう。
どんな事でも続けていける精神力は『素晴しい』事なのに

この女性は『素敵』だと思いました。


こんな方の住むこの地は
まだまだ私の知らない魅力のある土地のようです。

この日は羽黒の山で貴重な体験をしました。
合掌

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数字が示す意味 2

今回は からだの事。

身近な話題なのでわかりやすいと思います。

数字と言えば体温に血圧、今流行のメタボは腹囲がその基準になっていますよね。

病院へ行くと
まず体温を測り血圧を測り
場合によっては呼吸を計り
血液検査に画像診断に
そのほとんどが数字で表され
その値を元に異常か正常か
緊急性があるか否かが判断されます。
もちろんそれ以外には
患者さんの主訴と言われる
訴えや顔色、精神状態
局部の熱感や張り、色、不快症状のパターン
排便排尿の回数や状況・・・

あらゆることが総合して診断となり
治療となるわけですが
やはりあれこれ出来る検査はすべてやってから沢山の数値を並べて
消去法や統計からのデータをもって
診断⇒治療となっているように思えます。
(これはシステム上仕方ないことなのかもしれませんが)

自宅でお母さんが子どもの体調を見る時
赤ちゃんの泣き方やしぐさで
(ミルクを飲んだ時間と言う意味では
指標にもすることもありますが)
数値がなくても言葉がなくても
その欲する所を事も無げにやっていますね。

お母さんたちは
抱っこしている時の首の後ろのあったかさであったり
手足の温度
母乳を与えている時の口の中の温度であったり
呼吸の仕方
顔色だったり、機嫌、食欲
便や尿の色や性状や回数
姿勢や鳴き声の様子だったり
そんないろんな情報を自然に総合して判断しています。

本来私たちは
数値に頼ることなく
自分または身近な人の身体に何か異変が起こっていること
体調が優れていること
自然の現象から予測されること
そんな情報を統括して判断し対処してきた
『感覚と術』を持っていました。

数字で(統計が)出ると
何がどのくらいの割合で
どうなのか
一目瞭然に
感覚的にその数の増減を把握できるので
数字に思いの外左右されてしまっているようです。。

主訴はあるのに診断がつかない。
そんな経験や話しを聞いた事ありませんか?

(本来は症状がすべてを語っていて
診断が付かない事が問題ではないのですが
今のシステムでは診断ありきなのです)

数字では「異常の範囲ではない」
そう言われても不快症状がある時
素直に「何ともないんですね」そう納得できますか?

逆に「もう手の施しようがありません」とか
「あと3ヶ月は持たないでしょう」などと
宣告された人が何人も病気を克服して
「腫瘍が消えた」などと言って生還している話しだって
あるわけですよね。

やはり自分自身が自分の身体を感じる
センスを磨いていくしかないのです

目に見えるものだけに惑わせられない
そんな習慣(訓練)が出来ると
言われた事をそのまま受け止めてショックを受けるだけでは終らず
自分の感じていること
多角的にその現象を眺めてみることが出来るようになると思います

そして診断を受けて
どう対処していくのか
それを決めるのは誰でもない
自分の身体ですから自分が決めるのです

数字はあくまでも指標です

満足の行くQOL(Quority of life)の為に
自分の身体と生き方には貪欲になりたいものです

 


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笑顔のチカラ

自分の想いが強ければ強いほど
離れていればいるほど
相手の事を考えすぎて
押し付けになったり
空回りしたり
上手く伝える事が出来ない

顔が見えない相手は特に
過去の記憶やメールや手紙の言葉
他の人から聞く言葉
少ない情報から
あれこれ考えて
今自分に何が出来るか
頭でっかちになる

近くにいても同じ
近すぎることの弊害
よく見えてしまう仕草
よく感じ取ってしまう気配
裏の裏まで考えてしまうからコンガラカッってしまう

相手を想う事は簡単で
でもとても深い事で
本当は素直にストレートに
その気持ちだけが伝わるべきなのに
それが出来ない
下手したら捻れた形で伝わってしまう
そんなもどかしさを感じるこの頃

それでも
久しぶりに
(もしかしたら初めて)
自然に笑顔を見せてくれた時
自分の想いや迷いなんてどうでも良く
ただただ嬉しく思えて
緊張していた身体も小さくなっていた呼吸も
ホッとほぐれた

その事が
人はきっと大切な人の笑顔の為に何かをしたいと思い
その笑顔に救われるのだと思い起こさせてくれた

笑顔になるまでに
たくさんの苦労や痛み、苦しみもあるけれど
それを乗り越えたから
達成したから
癒えたから
笑顔になれて
そして
その笑顔は必ず人を癒す

ただただ
笑顔のチカラって凄いなぁ


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回虫先生来鶴 

友人からのお誘いで
鶴岡県立南高校創立120周年特別記念講演を
聞いてきました。

藤田紘一郎先生(東京医科歯科大学名誉教授・人間総合化大学教授)
俗称:回虫博士

「免疫をつける生活」~きれい社会の落とし穴~

最初から拝聴できなかったのが残念ですが
40分遅れで会場に入ってから
直ぐに先生の話術に引き込まれました。

日本は極端に「きれいさ」を求めるあまり
寄生虫が育たない環境を生み出し
その弊害が
アレルギーと言う歪な形で
現代の私たちを苦しめる形になっていると言う事を
彼のフィールドワークの拠点インドネシアの生活と
日本での生活の違いなどから分かりやすく
説明してくれました。

人間は他の生物と比べて優れているわけではない。
1万年前に出来あがった細胞は今も変わりなく
その当時のような生活をする事が
人間本来の機能を十分に生かす生き方だ。

人間に力があるのではなく

人間として生きるためには

身体の中と外にたくさんの菌や寄生虫の力が存在するから。

その力を借りて生命を営む事が出来ているのだと力説。

「きれいにしない」事のメリットを実体験からユーモアを交えて伝え

一方で不潔である事へも警笛を鳴らしつつ

必要以上に「きれい」を維持する事で
本来自分たちを守る役割を持つ常在菌とのバランス乱し
病気を私たちが作り出してしまっていることを教えてくれました。

常在菌のいない人たちのアレルギー疾患罹患率
犯罪とその心理に対する評価
笑いが自らの免疫力を高め癌をも克服する
など
どれも私たちが興味のあることばかり。

落ちた免疫力を取り戻す為に
穀物、野菜や果物、豆を食べる事
手作りのものを食べ、防腐剤、添加物などを取らないようにする事
よく笑う事、良いイメージをする事
抗生物質などを飲んで菌を殺さない事
適度な運動をして(決して一生懸命ではなく)
活性酸素を還元すること
身体に適した水を飲む事
などを重要な項目としてあげていました。

そこには驕りを棄て

他の動物や植物と共生することの大切さも
必要だと言う事も含まれています。

列挙すれば大変なことのように見えますが

それは本来日本人が営んできたライフスタイルだったのです。

寄生虫は専門ではありませんが

私の大好きな免疫学者の安保徹先生も

同じようなことを仰ってます。

町内会みなさんに準備している健康講座で
まさに今回の講演と同じようなことを
お話ししようと準備していたので
とても共感できました。

お米と野菜
弥生時代に稲作が始まってから
続けてきた生き方に
ちょっと戻れたら
日本人みんなが今よりも健康になれそう

そんな勇気の出る講演でした。

藤田先生ありがとうございました!

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雑草

先日洗濯物を干そうと縁台に出ると
 「庭の様子がいつもと違う」 感覚に襲われた。

この時点ではまだ何が起こっているのかよく分かっていない。

ジーっと一部畑化している庭を見渡すと
どうやら雑草の数が減って乾いた土がむき出しになっている。

そして大きな穴が2つ掘ってある。
 「???何が起こったんだ?」

まだ分からない。

その先を見ると
太さも長さもバラバラな棒が
野菜たちに添えられ立てられている。

ここまで見ると
人為的に誰かが我が家の庭に入った
それも
悪意ではなく
好意的。

結局心当たりのある友人に聞いてみると
友人と友人の母が
道具も何もなく無謀に畑を始めた私にために
草取り用の道具を持って来たところ
私は運動会で一日中留守にしており
荒れ放題の畑を見るに見かねて
二人で草むしりをしたり
コンポースト用の場所をこしらえたり
そこらに転がっていた物干しや枝を使って添え木にしたり
とことん手をかけてくれたと言うのだ。

・・・

なんとも言えない。

もちろんありがたいのだが
私のいないところで大変な作業をこなしていた二人を思うと
どうしたらいいのか分からない。

友人はケロッとしていて
「母、中途半端に出来ない人だから。」なんて言う。

それから
 「私草抜きしながら思っちゃったのよ。
あー、たくさん生えたこの雑草を
輝月の所へ来てキレイにしてもらうんだなって。
つまり、みんなは身体中に雑草生やしちゃって
どうしようもなくなって病院へ行って
除草剤とかまかれちゃうんでしょ。
でもそれを輝月は取り除く事が出来るんだって。」

彼女特有の比喩、表現、たとえ話なのだが
私が日ごろから身体の「セルフメンテナンス」と
「プロの仕事」のバランス、
使い分けについて彼女に言っているから
それを雑草に例えたと言うわけ。

身体中に雑草が生えていても
ビタミン剤などのサプリメントで栄養を補い
野菜(内臓)だけではなく雑草にもたくさん栄養を与えてしまっている事
それに気付かない。
だんだん雑草の勢いに負けて野菜たちがしぼんだり枯れたりしてくると
病院へ行って強力な除草剤と栄養剤を貰ったり
草刈機(手術)で根を残したまま上辺の悪い所だけ取ってくる。

でもその流れと結果は本来自分の求めているものなのだろうか。
そんな事を繰り返していて身体は健康でい続けられるのか?
そう言うことなのだ。

毎日すこしづつ草むしりをして水をやり
悪い葉っぱを摘んで、土をおこして酸素を入れ、
自家製の肥料をやり
太陽と愛情をそそいで
そして出来た元気な実を頂く
それが本来の姿であるはず。

自分はクライアントさんの身体を
自然に本来の機能が十分に働くことが出来るように
身体を解したり揉んだり、カウンセリングをするのだが
我が家の畑を見ると
まったくそれが出来ていない事が分かる。
もちろん、畑仕事は友人の母が先生(プロ)として
私をサポートしてくれるのだが
毎日少しづつ雑草を抜いて
野菜と対話し何かに気付いて対処してあげる事が
大切なんだとしみじみ思った朝だった。

反省 bearing

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癒しのスパイラル

ちょっとだけ何かが上手く行くと
ちょっとだけ何かが上手く行かない

ちょっとだけ落ち込むと
ちょっとだけ元気になる

ちょっとだけど
そうやって波のように行ったり来たり
月の様に満ちたり欠けたり

毎日そうやって生きている事を実感する

昨日はちょっと落ち込んでいた
そんな時意外なメールを貰ったりする
意外なメールだからちょっと嬉しかった

嬉しかったからちょっと元気になった
それでも心が晴れないでいると
素敵な詩のようなメールが届いた
(相手は私の落ち込んでいる事など知らないし
私だけに宛てたものではない)

それはずっと前に空気の澄んだ
静まり返った夜の中を車で走り
夜明け前の静かな海の波を眺め
自然と自分の対話があった時のその感覚を思い出させてくれた。

久しぶりに
サロンでアロマを焚き音楽を流し
ゆっくり呼吸をする事で
大切なものをまた思い出す事が出来た。

メールの送り主にお礼のメールを書いているうちに
涙がドンドンこぼれて来て
ちょっとだけ楽になった。

普段はつい自分と自然や宇宙との関係なんて
感じずに生きてしまうけれど
すっと身体に入ってきて
ココロにストンと落ち着いてくれる
そんなメッセージを貰う事が出来る事で
つまらない事で悩んでいる自分を修正する事が出来る。

一人でいるとつい巻貝の中にドンドン迷い込んでしまうけれど
こうやって外の世界に導いてくれる人がいる事に感謝して
自分もそうやって誰かの支えになれる事が出来たら良いなと
思ったりもする。

落ち込む事、悲しい事、悔しい事
マイナスの感情は
私がその感情を乗り越えるための大切な経験だと
元気になると思える自分がちょっともどかしい。
いつも感謝して冷静にいられるようになりたいのに。

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スポーツジムに行ってみました

もうじき5月も終わりです。

友人の紹介で地元のフィットネスクラブへ
ビジターとして参加してきた5月でもありました。

ジムで有酸素運動をしたり
スタジオでストレッチなどをしたり
テニスtennisをしたり中々充実した日々でした。

何よりお友達と汗をかく(よりお喋り!?)事と
ジムのトレーナーさんの若さと元気にモチベーションも上がりました。up
そのお陰か
体脂肪率もやや下がって自宅の体組成計では
20%を切ることも出てきました。

それでも思ったようにプロポーションとは変わらないもので
スリムに格好よくなりたくてもならないものですね weep

今回クラブに通うことにしたのは
どんな人たちがどんな物を習っているのか
どんな人たちがどんな事を教えているのか
ジムでマシーンを使って身体を動かす事と
戸外で歩いたり自転車に乗ったりする事の違いなど
体験してきたからだったのですが
屋内も使い分けでとても有効な事が分かりました。

天気に左右されずに使える所がまず良い事。
女性なら紫外線の対策もあまり慎重にしなくても大丈夫です。

機械だと走る(こぐ)強度を数値で示してくれますし
それに伴って消費するカロリーなども大体ですが
感覚的に掴む事が出来、継続の目安になりますね。
ただ使う筋肉は実際戸外を走る時の筋肉とは違いますから
有酸素という意味で理解して行えばよいと思いました。

ウォーキングは同じ方向にぐるぐる回るので
同じ側の筋肉に負担が掛かります。
それでも窓に映っているフォームを確認しやすいので
歩き方のチェックには良いのではないでしょうか。

スタジオのレッスンはエアロビ系のウォーキング・ステップ等などありました。
先生の掛け声でやる気を奮い起こし、一生懸命真似するのですが
中々覚えられないものですね。coldsweats01
その点 常連さんは素晴らしかったです。
自分としてはゆっくり筋肉を動かすストレッチポールやボールエクササイズ
ヨガなどが好きでした。
いわゆる呼吸とCore(コア)の部分です。

動きによっては疲れや痛みの左右差がよく感じられて
自分の身体を客観的に観察する機会にもなりました。
何よりこう言った所へ行くと
行くと言う事を達成すれば後はきちんと参加すれば
身体を動かしてこられる部分が
一人で自宅でやるのとは違いますね。good

5月が終るとビジター券はありません。end
ウィークポイントや消費カロリーの目安が分かった上で
いかに身体を健康的に絞っていくか
自分だけに掛かっています。

みなさんも一緒に出来る事は一緒にやりませんか。
是非お声を掛けてください。

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健康診断

先日 健康診断を受けてきた

何だかんだと
2年に1回位の割合で受けているけれど
妊娠の時の子宮ガンの検査(ほぼ必須)の時以来
その結果が期待しないものである事の怖さを感じるようになった

もし癌だと診断されたら中絶するのか
どんな治療方法を選ぶのか
生死に関わるような病気だと分かったら・・・

幸い今の今まで健康で病気と示唆されるデータはないけれど
検査を受けるたびに
その結果が嬉しくない物だったら自分はどうしたいのか
その選択と覚悟をして受けているつもりだ

独身でいた時と家族を持っている今と
その選択と覚悟は微妙に違っている気がする

早期発見早期治療
画像診断

今年の四月からは定期診断を受けメタボだと診断されたら
生活改善のための健康保険指導が義務付けられている

確かに生活習慣病は治療期間は長く
個人の立場から見ても国の立場から見ても
利益にはならないわけ

そこで、みんなを定期的にギロチン台に乗せて
処刑するか否か判断し
台の上から生きて帰りたい人は
日々不健康にならないために努力を強いられると言う
少々極端な例ではあるが
国が総力を挙げて
税金の無駄遣いをなるべく抑える策に乗り出したわけだ

これによってどんどんみんな自分の身体を
数値と画像で判断していくことになる
確かに便利だし共通の基準で判断するには数値は便利である

でもちょっと待って
それで助かる人もいる
それで命を縮める人もいる

後者を予想して健康診断を受ける人は
どの位いるのだろうか・・・

病気だと言われたら
自分が納得できる情報は手に入るだろうか
自分を安心して任せられる医者はいるだろうか
自分を支えてくれる家族や友達はいるだろうか
自分の考え方と周りのみんなの考え方は一致しているだろうか

急な宣告は平常心を失わせる
日ごろから健康に気をつけて生活するだけではなく
万が一治療をしなければならなくなった時
どうしたいのか
自分の周りに敏感になっておきたい

逆に
数値や画像に異常はなくても
安心せずにこれまで通り、もしかすると以上に
健康でいられる様に努力しなければならない
家族間のコミュニケーションも大切

次の健康診断の知らせはいつ来るのだろうか?
今回の結果に満足せず努力していこう

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